ゆーんの徒然日記

3歳の甘えん坊主りーくんとの毎日。

いってらっしゃい、ばあちゃん

こんにちは、ゆーんです。

 

4日ぶりの更新です(*^^*)

たった4日空いただけではあるのですが、1行も書かぬまま毎日を過ごしたのは、随分と久しぶりで、またブログ書けるかな??

 

なんて思ったりもしましたが、なんてこともなく、息子のお昼寝と同時にiPadに向かっております。

iPadでブログを更新するのにも随分慣れました。

 

帰省後のお部屋の崩壊度合いがすごかった為、昨日今日とぶっ通しで片付けをしていたことはTwitterでご存知の方もいらっしゃるかと思いますが

 

ブログに手を付けられなかったのには、また別に理由がありまして。 

 

 

実は夏の帰省もあと数日、となったときに、祖母が脳出血で倒れ、そのまま意識不明に。

 

脳死と判断され、その2日後に亡くなりました。

 

75歳でした。

 

 

パーキンソン病を患っていたばあちゃん。介護なしに日常生活を送るのが難しくなり、2ヵ月ほど前から施設に入っていました。

 

意識不明となる数日前が75歳の誕生日だったので、プレゼントを買ってお見舞いに行きました。

 

前回冬の帰省で帰って来たときと比べて随分話が伝わりにくくなり、会話をすることが難しかったですが

 

それでも、ひ孫にあたる息子・りーくんがふざけて走り回ったりするのを見ては、アッハッハと声をあげて笑っていました。

 

プレゼントは、ばあちゃんが家で生活していた頃、枕元にペンやらメモやらごちゃごちゃと置いていたのを思いだし、可愛い花柄の小物入れにしました。

 

一緒に買った小さなお花も一緒にベッドの横に飾りました。

 

「それじゃあまたね」と施設を後にしました。

 

それが、意識があるばあちゃんとの、最後でした。

 

 

脳死と聞いて、運び込まれた病院に駆けつけた時、ばあちゃんはたくさんの線に繋がれて、ベッドに横になっていました。

 

もう意識が戻ることはない、あと1週間もつかもたないか。

 

そう聞かされてはいましたが、ばあちゃんはまだ、息をしていました。呼吸器を付けていたけど、息にあわせて胸や肩が上下し、動いていました。生きていました。

 

まだわたしの声が聞こえているような気さえしました。

 

 

その日の夜中、ばあちゃんは息を引き取りました。

 

 

お葬式は、あっという間に終わりました。

父が喪主で、わたしも受け付けなどの対応に追われ、悲しみに浸る間もなく、バタバタと過ぎました。

 

棺の中に花を入れるときになって、やっとお別れの実感が湧いてきて。

 

お花に囲まれて、お化粧をしてもらったばあちゃんはとても綺麗で。元気に動き回って、庭先で笑っていた頃のようでした。

 

それまで寝ているばあちゃんを見ては「ばあば死んじゃったの??」と言っていた息子も、そのときだけは静かに、自分の大好きな黄色いお花を1つ、お顔の横にそっと置いて

 

「かわいいね」と言っていました。

 

 

その後、お葬式に参列する為車で来てくれていた旦那と一緒に、大阪まで戻ってきました。

 

 

そして、帰省前にピカピカにしたはずの我が家の荒れ具合にカーーーッ( ´△`)となりつつも、旦那も突然のお葬式でバタバタしたから片付ける間もなかったのよね、、、(だがしかしこの1日2日の問題では済まないありえない崩壊具合、、、)と思い、ツイッターで発散しながら無心で片付け続け、ようやっと落ち着いて、息子をお昼寝させてブログを書いています(イマココ)

 

あっという間で、とても長い数日間でした。

 

 

お葬式の間は思い出に浸る間もなかったけれど、いつも笑顔で優しい、ばあちゃんでした。

 

最後に一緒に、誕生日をお祝いすることができて良かった。

 

しっかりとお見送りすることができて、良かった。

 

 

いってらっしゃい、ばあちゃん

 

ときどき思い出すからね